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2012-04-19 (Thu)
個人的な不幸な話題のひとりごとで恐縮ですが…



昨年暮れから、肺がんで入院していた実母が亡くなりました。
80歳でした。
わたしの人生の中で最強の「しようがない人」です。
タラがうちに来て以来、会わずに過ごした親子関係でした。
母との想い出が、わたしの中でストーンと抜け落ちています。

父が亡くなって以降、だんだんと壊れていきました。
数少ない写真をみると母が笑っています。不思議でしようがありませんでした。
あんなふうに笑う人だったっけ?そうだったかも。
わたしが20代以降の母は、酷い顔して眉間にしわよせて、不満、文句、いいがかり…そんなのばかりの記憶です。
それでも今年の1月に病室に会いに行ったら、「来てくれてうれしい!ありがとう!またきてね!」といいました。
うれしい、ありがとう、なんて初めて聞いた気がしました。
それ聞いたら、たーくさんのわだかまりがありましたが、もういいや、って思えました。

わたしはいい大人になってからも、壊れている母親でも、自分の思い描いたように愛されたかったんです。
当たり前なんですが…そうは愛されなくてずっといじけていました。
壊れていることを受け入れていなかったし、毒を吐き続ける母親から逃げていました。
こわかったんです。
わたしは母を愛しているとこの数ヶ月で気づけました。
聞こえたかわからないけれど伝えることもできました。
だからそれでいいや、と思います。

で、母がわたしに言った最期の言葉は、

もうつまんない。

お母さん、ようやく不自由な身体から解放されましたね。
よかったですね。
最期の言葉が、毒針のような言葉でなくて、わたしの今後の人生救われました。
ありがとうございました。
また会える日までさようなら。



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